井波彫刻の中の南部白雲

勅旨門獅子

 南部白雲の木彫刻は、井波彫刻の歴史とともにあります。その井波彫刻の成り立ちは、北陸一の大伽藍を誇る瑞泉寺をぬきにして語ることはできません。
  八乙女山を背景に、高くそびえる瑞泉寺は、真宗王国といわれる越中の一向一揆の中核的拠点で、現在も象徴的にその面影をとどめています。
  井波は、その瑞泉寺の門前町として発展し、井波彫刻はもちろんのこと、人々の暮らしのすべては、瑞泉寺に関連していたと言っても過言ではありません。
  1390年(明徳3年)井波の地に建立された瑞泉寺は、六百余年の歴史の中で幾度も灰塵に帰しました。しかし、その都度前以上に立派に再建されました。1774年(安永3年)瑞泉寺の再建工事に迎えられた京都の彫刻師前川三四郎に、井波大工番匠屋田村七左衛門がその技を習った事が井波彫刻の始まりです。
  初代南部白雲は番匠屋直系の技を持つ、初代 大島五雲に師事し、大正7年に完成した瑞泉寺太子堂再建に 大きく貢献し二代目、三代目へと匠の技が受け継がれ現在にいたっています。

井波の街並み
白雲工房の動き
  
■南部白雲木彫刻工房
作品紹介
看板
表札
文化財修理
■「看板は語る」出版
■ご注文など
■アクセス・リンク